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西遊記の有名な場面に、悟空が釈迦の掌から飛出したつもりで、実は掌の上から抜け出せなかったというものがある。
「李陵・山月記」より 悟浄歎異
中島敦
角川書店
ISBN:4041103029
p173
これとよく似た事が、広大な宇宙空間を移動した時に起こる。いくら移動しても、宇宙の姿はたいして変わりばえがしないという。
太陽風交点 時間礁
堀晃
p39-40
何万光年飛んでも、何十万光年移動しても、<宇宙>の姿は変わらなかった。
「宇宙のながめはどこまで飛んでもこんなものです。われわれはたどり着く対象としての宇宙を見ているのではなく、単に宇宙の過去の姿をながめているだけのことです」
コリントは、土岐の素朴な感想に対して、明確な口調で、きわめて形而上学的な解説を加えたものだった。
「今、われわれは地球から二十万光年移動しました。前方に見えるマゼラン星雲は地球で観測されていたマゼラン星雲ではなく、その二十万年経過した後の姿なのです。後方の銀河系はわれわれが出発した銀河系ではなく、二十万年昔の姿なのです。われわれが出発した時の銀河系の輝きは、あと二十万年経たないとここまで到着しません。この原則は、跳躍距離をどれだけ伸ばしても同じことです。宇宙の地平線―――百億光年彼方まで跳んだとしても、変わりばえのしない宇宙の風景があるだけでしょう。宇宙とはそんなものです」

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